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春、ソノラン砂漠に南風が吹くと砂漠の植物たちが一斉に花を咲かせる。4、5月は砂漠が一番美しく活気に満ち溢れる季節だ。サボテンの花には蜜を吸う鳥たちが群れ集い、不毛の土地もこの時とばかりにまばゆいばかりの赤や黄色の花で埋め尽くされる。
そのハミングバードウォッチングで有名な場所が砂漠の中にあった。ツーソンから国道10号線を東へ3時間、ニューメキシコ州との州境にある小さな村ポータル(Portal)だ。南をメキシコ、東西をソノラン砂漠とチリカワ砂漠に挟まれ、北からはロッキー山脈の冷たい風が吹き込む特異な地形、甘い砂漠の花畑と乾いた温暖な気候はハミングバードが羽を休め巣作りするオアシスになっていた。村の家々では軒下に砂糖水を入れたフィーダーを吊り下げて、この小さな妖精たちを歓迎する。数軒ある民宿はこの時期バードウォッチャーたちで膨れ上がるのである。
奇岩で有名なチリカワ国定公園はこのポータルのすぐ近くにある。ビジターセンターから続くボニタキャニオン・ドライブ(Bonita Canyon Drive)からすでに林立する奇岩を見ることができるが、不思議な奇岩群(Heart of Rocks)はチリカワ山のほぼ中央に位置し、険しい山道を登らない限り見ることができない。
登山道の出発地点からすぐ下りになり、一度谷底へ下りてから反対側の峰を山頂へと登るのだが、この最初の下りで左足首を捻ってしまった。左足をかばいながら、谷底に下りて川の水で冷やそうと考えたが、川はすでに焼き付くような太陽に干涸びていた。
この奇岩群は2700万年前、火山のマグマが噴出してできたもので、それから永い年月砂漠地帯特有の高低温と強風などに侵食され、こんな奇妙な形になったらしい。そして約400年前にアパッチ族が移り住んできた。高台に一人立ち奇岩群を改めて眺めると、心の中を覆っていた不思議な胸騒ぎはますます大きくなった。耳を澄ますと、林立する岩に当たってこだまする風の音が呪文のように聞こえてくる。まるで岩の墓場だ。ここには今でもアパッチの精霊たちが住んでいるに違いない。 辺りに人影はなかった。もしこの墓場に一人迷い込んでしまったら、精霊たちの世界に引きずり込まれ、二度と現世に戻れないような、得体の知れない恐怖に包まれた。日のあるうちにここを脱出しよう。ボクは写真を撮ると踵を返し、登山道を引き返した。左足は腫れ上がり、今度は急こう配の下りに膝が笑う。若いレンジャーの往復4時間の道のりは、ボクの足では7時間になり、しかし日没前には何とか長い苦しい『奇岩』ハート・オブ・ロックスからの脱出を終えた。
這這の程で家に帰りつき足首を氷で冷やしながら、出来上がった写真を見て思い出す。何とも不思議な岩たちの世界。世の中には科学では解明できない場所が幾つもあるが、ここもその一つ。人間は精霊たちの神聖な場所をむやみに侵犯してはならないのだ。
■ 行き方:ツーソンから I-10を東へ、WillcoxからUS-186を南に下るとChiricahua NMに約3時間で到着する。
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