> エッセイメニュー


私のアメリカを探して 11

「オーロラと北海の小さな命」
カナダ・チェズニー ワプスク国立公園
Wapusk National Park、Cheanaye, Canada


Polar Bear Mother and Cub



Frozen Sunset

 氷の湖に一人寝転がり、オーロラが出るのを待った。時々ピシーッと氷の割れる音が、ずーっと下の深い所から響いてくる。エゾ松の高い枝が月明かりに影をつくり、満月に近い大きな月が上がってきた。気温はとっくに摂氏マイナス25度を下っているだろう。ぴりぴりと頬を突く痛さでわかる。
 しばらくして、すじ雲みたいな細長いすじが東から西へと伸びて行った。白い薄いすじは次第に強くなって、緑色の光のカーテンに変わる。音もなく静かにオーロラのダンスが始まった。強くなり、弱くなり、広い大空を駆け巡る。まるで夢を見ているような不思議な気持ちになった。広いコンサート会場に一人で座っているような気持ちだ。光のシンフォニーは静止することなく明滅をくり返し、河となり帯となり、やがて根元の方でねじれて静かに幕を下ろした。

Morris Spencer

 北国の2、3月はオーロラ観測に一番適している。カナダ最北チェズニーのワプスク国立公園ではオーロラの他に、北海に旅立つ前のポーラーベアー母子を撮影するために世界中からカメラマンがやってくる。
 ワッチーロッジはチャーチルの南、チェズニーの氷原の中にたった1軒だけ建っている小さな小屋だ。カナダ軍が監視所として使っていたところをカナディアンインディアンの3兄弟 (ジェイムス、マイケル、モリス)が買い取り、2月から3月の一か月間だけ、ポーラーベアー母子のウオッチングツアーに開放する。14人泊まれる小屋はシャワーもない2段ベッドの粗末なつくりだが、しかし極寒をしのぐには十分な設備だった。

 カナダのポーラーベアーは北海が凍り付く11月ごろ、主食のアザラシ漁に出かけるためにハドソン湾に集まってくるが、妊娠しているメスはその時期一緒に旅立たず、少し南の海岸線に巣穴を掘り、子供を産み育てる。そして、高カロリーの母乳で育った子グマは2月末から3月に、母親と一緒にアザラシ漁に旅立つのである。


Bear's Den

 カメラマンにとって、この母子グマが穴から出てくるほんの数週間が1年に一度の撮影チャンスになるが、あいにくこの時期は天気が一進一退で変化する。ボクが着いた日は運悪く寒波の来襲で、気温はマイナス27度まで下がった。風が強く体感気温はマイナス60度近くにまでなるだろう。
 クマの親子を見つけるために、みんながスノーコーチ(雪上車)とスノーモービルに分乗して氷の原野を捜し回るのだが、広い氷の原野で小さなクマの巣穴を見つけるのは至難の技である。おまけに寒波で2日間も小屋の中に閉じ込められたお陰で、ほとんどの母子が北海へと旅立ってしまったのだった。

 寒波が去って太陽が顔を出すと、氷片が風に飛ばされキラキラとダイヤモンドダストになって輝き、ボクたちはジェイムスとモリスをガイドに、もっと遠くまでスノーモービルで移動した。凍り付いた道なき原野を走るスノーモービルの運転は、激しいスポーツをしているみたいだ。氷の斜面に乗り上げジャンプし、穴に落ち、氷の湖では横滑りに吹っ飛ばされる。身体中がガクガクきしみ、心臓が高鳴った。

 午前10時、3時間かかってようやく母親と小さな子グマを見つけた。騒音に驚いて逃げ回る母子がすぐ先にいた。子グマは1頭だけだ。普通2、3頭の子グマが生まれるが、この極寒の環境で全部が無事に育つのは難しい。この母親は、一頭だけ残った子グマに持てる限りの愛情を注いでいた。母子は子グマが乳離れするまでの約3年間、片時も離れず一緒に生活する。子グマの父親は誰かわからない。母子にとって一番の敵はこのオスグマだ。交尾するために、邪魔な子グマを殺して母グマの気を引くのである。


Northern Lights

 この親子にとって、その日は長い旅の一日目だった。3か月近く過ごした巣穴がすぐそばにある。ボクたちが危害を加えないとわかったのか、母子はこの日旅立ちを諦めて、暖かい日溜まりで一日中過ごした。子グマは母親の愛情を一人占めし、わんぱくぶりを発揮する。
「大きくなってまた帰って来いよ」と、思わず声援を送らずにはいられなかった。短い北国の太陽がオレンジ色に輝き、この白い親子をピンク色に染めた。


『ワプスク国立公園&ワッチーロッジ』への行き方

冬場はワッチーロッジしか泊まれる所はないので、事前予約は絶対必要。飛行機でミネアポリスからカナダのWinnipeg(ウィニペグ)へ入り、ローカル航空のCalm AirでChurchill(チャーチル)へ。チャーチルからカナディアンパシフィック鉄道で一つ南の駅Chesnaye(チェズニー)下車。ワッチーロッジから迎えに来る雪上車でロッジまで行く。
●ワプスク国立公園 Wapusk National Park
c/o Parks Canada, Box 127
Churchill, Manitoba ROB OEO Canada
Phone: 204-675-8863、Fax: 204-675-2026
E-Mail: wapusk_np@pch.gc.ca

English Version
> エッセイメニュー