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私のアメリカを探して 18

「リオグランデ川の露天風呂」
ビッグベンド国立公園
Big Bend National Park, Texas


Sunset at Sierra Del Carmen

 エルパソから国道10号線を東へ、そして90号線に入ると道路と平行してユニオンパシフィック鉄道が走っている。果てしなく続く荒野を長い貨車を引いた貨物列車と走っていると、時間に追われて慌ただしく過ぎ行く現実をしばし忘れさせてくれる。列車は思い出したように時たま汽笛を鳴らし、それは一人旅のボクに「人生は長い、ゆっくり行こうぜ」と語りかけているようだった。

Balance Rock

 アメリカで2番目に大きな州テキサス(一番はアラスカ)。その地にあるビッグベンド国立公園は、まさにその広大さを象徴するかのごとく大きく、そして遠い。一番近い空港エルパソからでも320マイル(512キロ)、サンアントニオからだと400マイル(640キロ)、車でぶっ飛ばしても一日はかかる距離だ。
 朝早くエルパソを出発したボクは太陽が西に傾き始めた頃、ようやくチソス・マウンテンの山並みが地平線に現れる、ビッグベンド国立公園の入り口に辿り着いた。

 この国立公園はテキサン(テキサス人)と同じく、初めての客にはとても愛想が悪 い。「勝手に見物してくれ」と言わんばかりで、車で広い公園内をドライブしても、なかなか目的の場所まで辿り着けない。ボクはビジターセンターで買った絵葉書の写真が頭にこびり付き、どうしてもその同じ場所から写真を撮りたくて捜しまわったのだが、翌日一日かけてもその場所を捜せなかった。それは夕陽に真っ赤に染まったシエラ・デル・カルメンの写真だった。

 ビッグベンド国立公園はメキシコと国境を接し、その境界線をリオ・グランデ川が流れている。その東側、リオグランデ・ビレッジの遥か後方のシエラ・デル・カルメンは、高く堂々とそびえていた。
 夕暮れ時になると、ビレッジの近くにキャンプする人たちはこぞって外に出て来る。夕陽に染まる山脈を見るためだ。まるで野外劇場に観客が集まって来るように、人々は陽が沈むのを黙って待っている。時間の経過とともに大自然の営みは、まるでシンフォニーのごとく荘厳な音楽を奏で、息もつかせぬ美しさで魅了し、やがて最後の太陽に焼き尽くされるごとく、真っ赤に燃えながら静かに闇に幕を下ろす。このビレッジからの眺めは素晴らしかったが、写真の場所はここではなかった。手前にリオ・グランデ川が流れていなければならい。


South Rim at Sunrise

 次の日、ボクはチソス山の朝日を見るためにロストマイン・トレイルに登った。ここの山頂までは7325フィート(約2233メートル)、トレイルの始発点から片道2時間の道程だ。サウスリムに射す朝日を見るためには、もちろん真っ暗なうちに出発しなければならない。いつものことながらペンライトの明かりを頼りに登る初めての山道では、ちょっとした風のざわめきにも恐怖心があおられる。「熊に注意」の立て看板がそれを助長した。
 しかし山頂からの日の出は美しかった。うっすらとモヤに煙るサウスリムの稜線を朝日が照らし始めると、凍える指先を息で暖めながらシャッターを押した。この一瞬のために長い時間をかけて登ってきたのだ。日が射すと、冷えきった頬に暖かみが戻ってきた。山に来て一番美しいひと時。ボクはだれにも邪魔されず、この幸せを独り占めした。

 ビッグベンド国立公園には山があり、川が流れ、砂漠があり、それぞれにいろんな楽しみ方があるが、ボクにとって極め付けは、リオグランデ川に湧き出る温泉だった。この露天風呂はリオグランデ・ビレッジの近くにあって、昼間はキャンプしている人たちが三々五々集まり、憩いの場になっていた。山から下りて温泉場にやって来ると、川に沿って切り立つ小高い丘が気になった。
「丘の上からの眺めはどうだろうか?」
 温泉に入るのをやめて丘に登ってみると、果たしてそこは今まで探し求めていた絵葉書の場所だった。
 ボクは丘の上にカメラをセットし、陽が沈むのを待った。そしてあたりを夕焼けが赤く染め始めると、昨日よりもっと大きな感動に心を震わせながらシャッターを押した。やがてシエラ・デル・カルメンは、いつもの夕焼けと同じく、真っ赤に燃えながら、ゆっくりと闇に沈んでいった。


Hot Spring in Rio Grande River

 長い間の思い入れが叶い一人温泉に浸ると、とたんに疲れが押し寄せてきた。昼間の人混みは消え、滔々と流れるリオ・グランデ川の水音が子守唄みたいに心地よかった。
 いつの間に眠ってしまったのだろうか、目を上げると降るような星が満天に煌めいていた。暗闇に目を凝らすと向こう岸に、野生馬の一群が水を飲みに下りて来ていた。ボクは彼らに気づかれないように、深々と湯の中に沈んだ。ただこの心地よい静寂を破られたくなかった。



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