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> エッセイメニュー 一番長かった一日」 Mount Rainier NP and Olympic NP, Washington
私は翌日マウントレーニエまでドライブし、公園の近くのモーテルに投宿した。晴れたら目の前に雪を冠った美しい山が見えるはずなのに、霧のためにその姿はき消されてしまった。でもそのうちに晴れてくれるだろう? 今度の旅の予定は金曜日までで、マウントレーニエとオリンピック国立公園にそれぞれ2泊ずつして土曜日の朝一番の飛行機で家に帰るつもりだった。しかし火曜日になって雨は上がったものの深い霧は一向に晴れず、安いモーテルの一室で山の方を見つめてはため息をついた。天気予報では晴れですでに下界では太陽が輝いているはずだったが姿を見せぬマウントレ−ニエに苛立ちだけがつのった。 とにかく最後の朝は何がなんでも5時に起きて日の出の時間には撮影地に決めたリフレクションレークまで登るつもりでいた。山に来て山の姿を見れないで過ごした最後の夜が明けた。真っ暗い山道をドライブするとしかし東の空が赤く染まってきた。日の出だ。待ちに待った太陽が登って来た。リフレクション・レークに着くとマウントレーニエの雪をかぶった頂きが赤く輝いて水面に反射した。あの写真で見たとおりの風景が目の前に展開した。湖の回りには数人のカメラマンがやはり興奮しながら、せわし気に動き回っていた。私はこの短い日の出の写真を撮るためにいつもの倍のフィルムを消化した。4日分の胸のつかえもとれ晴れ晴れとした気持ちでモ−テルに帰り遅い朝食をとりながら考えた。オリンピック国立公園へ行くのは諦めてこのまま飛行場へ向かうか、それともオリンピックまでドライブして夕日の写真を撮るか。日没は夜の8時過ぎだからこれから出発しても十分間に合うだろう。しかし明日の飛行機の時間は朝の7時だ。オリンピック海岸まで行ったら今夜は眠る暇はないだろう。少々弱気になりかけた私だったが、しかし海を真っ赤に染めて沈む観光案内の夕日の写真がオリンピックへのドライブを決めさせた。マウントレーニエから西北のオリンピック海岸まで約350キロ、車で4時間の道のりだ。私はせわしくモーテルをチェックアウトすると光り輝くマウントレ−ニエに背を向けて一気にオリンピック海岸へとアクセルを踏んだ。
途中オリンピアの町から12号線に入ると、潮のにおいがぷーんとにおって来るようだった。荒荒しい太平洋の海岸線が見えると、まるで日本の山陰地方の海岸をドライブしているような錯覚におそわれた。途中休みなくドライブして目的地オリンピック海岸の小さな村ラ・プシュには夕方5時には到着した。しかしこれからが大変だ。初めての場所では撮影ポイント探しが一番の仕事となる。私は傾きはじめた太陽に気をとられながら、地図を片手に海岸へつずくトレイルを歩いた。ここの人気撮影スポットはセコンドビーチと、リアルトビーチの奇岩だ。セコンドビーチはトレイルを抜けるとすぐに美しい海岸になるが、リアルトビーチの奇岩までは延々と砂浜を歩かなければならない。やっと絵葉書の写真と同じ奇岩の前に辿りついた時には、太陽はすでに水平線まで傾き、カメラバッグの重さで両肩は石のように固まり、棒きれのようになった両足がもはや歩く気力を奪い取ってしまった。私は砂浜に寝そべり太陽がもう少し沈むのを待った。近くで夕食の準備をするキャンパーたちの炊き火の煙りがとても羨ましかった。今夜ここで泊れたらどんなに楽だろうに。やがて今朝マウントレーニエで見た同じ太陽は、今度はオリンピック海岸を赤く染めながら最後の時を刻みはじめた。砂浜の奇岩がシルエットに変わった。よせる白い波が生き物のように岩の周りにまとわりつき消えていく。何百年も昔から奇岩の上に生きる一本の松はこれからもずっとこの岩の上で生きつずけそして変わらぬ自然の営みを見続けるのだろうか? 真っ赤な太陽が西の海に沈むと、こんどはたそがれが一気に冷たい空気を運んできた。 私には今度は逆ルートの長い旅が待っていた。夜が明ける前にシアトルの空港まで辿り着かねばならない。真っ暗い砂浜をとぼとぼと引き返し、止めていた車に辿り着いた時にはもう時間は9時を回り、今度は空腹に疲れは倍加した。結局、一晩中ドライブしてシアトルの空港に辿り着いた時にはすでに明け方、朝の太陽が上る時間になっていた。やがて搭乗の改札が始まり、長い長い一日から解放された私は極度の疲れと、しかし成し遂げた心地よい満足感に浸りながら飛行機の中で泥のように眠りこけたのだった。
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